お遍路さん

掲載日:2021.09.02

子供の頃からお遍路さんを見て育っていた。
白装束に金剛杖と傘。
黙々と歩いていた姿とお遍路さんへのお接待も普通にしていた祖父母たち。
ご近所の井戸端会議の中でも、”何番を打ってきた”とか”お大師様が…”と、よく耳にして育った。

今年の春に友人から「絵描き遍路をやってみた」の本を頂きました。
作者は確か大阪の出身。縁あって富良野に移住されて夏場は農作業の手伝いをされていると記していた。
そんな方が、なぜ遍路に?そして過酷な歩き遍路を。
そしてお遍路さんは四国だけの習わしのように思っていたのが、この北海道の地でも関心があったりお遍路に出たという方が多いことに驚いていた。

お遍路さんの業行は、私には風景の一部のようなものだったので、それほど過酷なものと思ってなかったことも浅はか。
この本を通してリアルに過酷さが読み取れてきた。今更ではあるが…。

両親を見送った後、実家の弟がお遍路さんを始めたと話してくれたことも意外であった。
(ただし、車で回っている。)
それでも、弟の心の中で何かが動いたのでしょうね。

生きることは重荷を背負っているようなものとよく聞く。
誰しもがとは思わないけど、お遍路さんに出ることはお大師さまと共に歩き、もしかしたらその重荷を軽くしたいのかもしれない。
生きているうちには、何かにすがりつきたい、精神的にも求める時がある。
お遍路さんは、そういうことなのかな。

私もお遍路さんしたいという気持ちは無きにしも非ずだけど、歩き遍路は無理だろうなぁ。