命をいただく

掲載日:2013.05.10

走行中、何気なく聴いていたラジオから綿羊肉について話すアナウンサーのキレイな声が入ってきた。 
マトンは2歳過ぎの綿羊の肉でラムは1歳未満。その中間のホゲットという1歳半くらいの肉が、柔らかくてとっても美味しいと言う話。 
一瞬、私のオツムに我が家で飼っていたあの可愛い綿羊の赤ちゃんが浮かんできて、あの子羊をこともなげに「美味しい」と表現するキレイで優しそうな主の声に”うむっ”という気持ちになった。 
人間は自分勝手で、本当に残酷な動物だと思う。 
動物で言えば、弱肉強食の世界だから何も人間だけが残酷ではないのだろうけど、理性と教養を持っている動物だからそう思う。 
動物の肉を美味しいと思う気持ちと動物が可愛いと思う気持ち。経済動物で片づける気持。 
色んな想いが交差する中で、私たちは命をいただいて生きているんだ、感謝して無駄なく食べなければと思う気持ちにたどり着いた。 
命を絶たれた動物たちには、人間の傲慢さに無念を抱いている事だろうけど。 

今日、私は実家の両親たちにジンギスカンを送った。 
(やっと、春の山菜が頂けるようになりました。もちろん、この三つ葉も野生のものです。) 

綺麗な夕暮れの空になった。 
肋骨のような雲の彼方に夕日が沈んでいく。 

この空は、明日の天気をどう暗示しているんだろう…。

命をいただく
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